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元競泳日本代表 一ノ瀬メイさん × 東京マラソン財団 早野レースディレクター
「初ハーフマラソン、走り切ったら何かが変わる気がした」新しい挑戦から見えてきた景色を語る—前編

2016年リオデジャネイロパラリンピックのパラ水泳日本代表として活躍した一ノ瀬メイさん。今大会ではアシックスのサポートを受けハーフマラソンに初挑戦! 長距離走がとにかく苦手だという一ノ瀬さんが、チャレンジする理由、伝えたいことなどを早野忠昭レースディレクターとの対談でたっぷりと語っていただきました。
■レガシーハーフと東京マラソンの違い
――公式プログラム表紙の撮影お疲れさまでした。すごくかわいいウェアで、一ノ瀬さんもテンションが上がったのではないでしょうか。

一ノ瀬はい、その通りです(笑)。私は今までマラソンを走ったことがないので形から入ると言いますか、そこだけでも決まると気分が上がりますし、普段から走るたびに何を着るか楽しく選んでいます。これもランニングの楽しさですよね?
早野RDそうですよね、シューズにしても形から入る人は多いと思いますよ。
――それではまず、早野レースディレクターからレガシーハーフマラソンのコンセプト、東京マラソンとの違いなどを改めて教えていただけますか?

早野RD東京マラソンは3万8千名の定員の中で10倍以上の申し込みもある人気の高いイベントとなっています。でも、実際に走ろうとなるとマラソンは距離も長いからなかなかハードルは高い。それを考えますと、今大会のポスターのようなソファに座ってお菓子を食べている女の子、どう思います?
一ノ瀬共感です!
早野RDそうですか(笑)。こういう感じの女性が何となくハーフマラソンを初めて走ってみたら何かが変わるんじゃないか――そういう思いから、2023大会のポスターとコピーが生まれました。だから今回、同じような立場にいる一ノ瀬さんに挑戦していただくことに本当に感謝しています。実はレガシーハーフマラソンと東京マラソンのロゴ自体もよく見ると微妙に違うんですよ。
一ノ瀬確かに。
早野RD走る目的は人それぞれにあって、ファッションから入る人、頑張っている自分をほめてあげたい人、走った後のビールが楽しみな人など、色々な角度から挑戦する人がいると思いますが、さすがにマラソンはしんどいよなと思う人も当然います。レガシーハーフマラソンは入門編とまでは言いませんが、そうした人に挑戦しやすいイベントかなと思いますね。半分の距離だったら挑戦してみたい、かと言ってハードルが低いわけでもない。そのイメージをディフォルメして作った新しいレースであり、ロゴも東京マラソンのような直線ではなく、やんわりとした曲線と厚みと温かみを出したデザインとなっています。ですから、まさにポスターの女性や一ノ瀬さんのようなハーフマラソンを走ったことがない人に「走ってみたら何かが変わるんじゃない?」ということを感じていただき、チャレンジしていただきたいなと我々は思っています。何となく分かっていただけましたか?
一ノ瀬すごくよく理解できました! ただ、私は今まで本当に長距離を走ったことがなくて、すっごい苦手なんです。水泳のときも唯一更新できなかった日本記録が長距離でした。それくらい長距離に関しては苦手意識がもともとあるんです。そのうえで初心者が参加しやすいようにハーフマラソンがあると聞いたんですけど、「え、ハーフでもめっちゃ長い。21kmって……」と思いました(笑)。
早野RDええ、長いですよね(笑)。ハッキリ言って21kmでも「あぁ、やっぱりしんどい」ってレースの途中でも練習の過程でも思うかもしれません。でも、10km走れれば確実に完走できます。それは周りの皆さんが後押ししてくれる応援の声もありますし、一ノ瀬さんはもともと水泳というスポーツをやっていましたから、きっと走り切れちゃうと思いますよ。それに途中でちょっと歩いてもいいんです。
一ノ瀬途中で歩いたりしても間に合いますか? 制限時間は2時間半ですよね。早くないですか?
早野RDちゃんとトレーニングしていれば大丈夫です。結果はどうあれ、今年たとえ間に合わなくても「to be continued」とうことで、また来年再挑戦してもいい。挑戦することの意義というものがきっとあるのではないかなと思います。
■結果に重きを置くのではなく、過程を楽しむ
――長距離が苦手だという一ノ瀬さんがそれでもハーフマラソンに挑戦してみようと思った理由、きっかけなどを教えてください。

一ノ瀬昨年の大会でパラ水泳の先輩でもある木村敬一さんが走られたのは知っていたのですが、自分が走る日が来るとは一切思っていなかったですし、今までもマラソンは声をかけていただいたことはあったのですが全部断っていました。でも今回、アシックスさんに声をかけていただき、心身ともに健康で幸せな生活を実現してほしいという企業理念などを聞いて挑戦してみたいと思いましたし、それこそ大会ポスターの女の子に近いことで、やってみないと分からない、やってみて感じることもあると思います。自分の未知の領域みたいなところに挑戦したらどうなるだろう。私が走れても面白いし、走れなくても面白いと思うんです。だから、まずはスタートラインに立ってみることに意味があるのかなと思いました。
また、アスリート生活の良いところはスタートラインに立つまでの練習の過程で、常に自分と対話することです。毎日の練習の中で日々コンディションが違う自分と対話し、なぜ今日は体が重いのか、なぜ今日はこんなに長い距離を走れたのかという、その一つひとつと自分とのやり取りにすごく価値がある。引退をしてからそういう生活から離れてしまっていたので、今回ハーフマラソンという目標が決まったら、そこに向けて自分と対話をする日々が再開できるということにもすごく価値を感じました。
――今回のレガシーハーフマラソンのポスターで一番共感するところはどこでしょうか?

一ノ瀬ゴリゴリ走ってなさそうな女の子が「走ったら何か変わるかもしれない」と思う、そのスタート地点が自分と似ていて共感しますね。ソファから始まっているというところが凄くいい!
早野RD我々作り手としても、大会ポスターに共感していただいたのが嬉しいですよね。挑戦して、失敗したっていいんです。もしかしたらスタートラインに立つための準備をして、途中で無理と思うかもしれないけど、でもその挑戦をそのまま放っておくことはできないですよね、きっと。だから、挑戦する決心をしたこと、そして走り終わったときの感想がもしかしたら「また来年も」となるかもしれない。そうした我々のメッセージ性が少しでも伝わったことが、今の一ノ瀬さんのお話を聞いて嬉しく思いましたね。
――実際に長距離を走る練習をしてみていかがでしょうか?

一ノ瀬本当に長い距離を走ったことがないので、まず1kmを走ることから始めて、毎回1kmずつ延ばしていったんです。そうしたら3kmで壁にぶち当たってしまって「ヤバイ、あと7倍もあるのに」って(笑)。たぶん、今までやってきた競技の性質上、速く完走することに重きを置いてしまっていたので、今日は3km走ると決めたら、その3kmを速く走ってしまうんですよ。だから、心拍数も常に180を超えていました。
早野RDそれはすごい(苦笑)。
一ノ瀬はい。なので「これは違う」と思って、普段から走っている友だちに相談したところ「マインドから変えた方がいい」と。「早く走り終わるんじゃなくて、走っている過程を楽しむところから始めなきゃいけない」と言われました。走る過程を楽しむなんてしたことない……と思いましたけど、めちゃくちゃ遅くてもいいから長い距離を走るというメンタリティにちょっと切り替えたら、6kmを気持ちよく走れたんです! 街の見え方も違ってきましたし、ほかのランナーとすれ違ったり、何かそういうことも楽しくて水泳と違う面白さがあるなと感じています。
早野RDうん、それはもう何かが変わり始めていますよ!
一ノ瀬本当だ、変わってた(笑)。
■新しい挑戦は毎回成長、毎回学びでしかない
――自分との対話についても走ることで変わってきた点はありますか?
一ノ瀬マインドセットの変化は凄く大きかったですね。ゴールや結果に重点を置くのではなく、“過程を楽しむ”というところが今、長距離を走ることから教えてもらっていることです。私自身、選手時代はゴールに重きを置いてしまっていて、そこから逆算して今日するべきことをしてきたのですが、その過程を楽しむことが欠けていた期間が長かった。水泳でもやっぱり過程を大事にするということを学んでいたので、今回そのことを改めて感じていますね。
早野RD僕は昔、勝手に『Fusion Running(フュージョン ランニング)』という言葉を作ったんです。一ノ瀬さんは音楽を聴きながら走りますか?

一ノ瀬はい、最近は聴きながら走っています。
早野RDそうですよね。音楽を聴きながら走ると、キツさが10%くらい軽減されると言われています。例えば電車などで遠くに行くときにも音楽を聴いていると、なんとなく短く感じたりストレスが減るじゃないですか。つまり『Fusion Running』というものを正式に言うと『Fuse Anything You Like into Running』――あなたの好きなものをランニングに取り入れてしまおうということです。ファッションでも音楽でも景色でも、あるいは終わった後のビールが好きな人だってたくさんいます。そういう考え方で僕たちは広めてきました。ランニング自体をいきなり楽しいと思うのは難しいかもしれないけれど、でも走り終わった後には頑張った自分をほめてあげたくなるじゃないですか。
一ノ瀬スッキリしますよね。
早野RDそう! ですから『Fusion Running』の中で何か一つ好きなAnythingを見つけていただくと、今後の練習も楽しくなるかなと思います。また、友だちや支えてくれる人たちもいますよね。さっき僕が10km走れれば完走できると言ったのは、ほとんどのランナーが残りの10キロは人や応援に支えられて走り切ることができるから。そのときの一ノ瀬さんの気持ちをぜひ聞いてみたいですよね。フィニッシュしたとき、一ノ瀬さんには何が見えてくるかな?
一ノ瀬何でしょう? 本当に楽しみです(笑)。今も練習で走っているときは確かにしんどいですけど、走った後に走ったことを後悔することは絶対にない。やっぱり自分にとっては真新しいことなので、本当に毎回プラスでしかないからそれも楽しい。やったことがないことをやる、そこがいいんですよね。私は水泳を引退した後に陸上の短距離を始めたのですが、それは真新しいことを始めれば全部がゼロからのスタートで、全部が上に行くしかない、全部が今よりもただただ良くなっていくということが楽しくて選んだことでもありました。だから、今回も毎回成長、毎回学びでしかないというのがすごく面白いですよね。
■好きなAnythingを見つけて、まずは10kmを目標に
――レースディレクターとして早野さんから今後こんな練習をすればいいのではないかというアドバイスがあれば。

一ノ瀬あ、それはぜひ聞きたいです。
早野RDさっき一ノ瀬さんが話していたことでヒントがあったのは、引退した後に現役時代と比較される水泳に戻るのではなく新しいことを選んだことで、ちょっと自分に甘くできること、気持ちを楽に持てることってあると思うんです。
一ノ瀬はい、それはありますね。
早野RD例えば僕は陸上をやっていたから「早野さんは速く走れるよね」と言われるとプレッシャーで走れなくなっちゃうんですけど、これがゴルフとか違う競技だったら自分は素人だからという気持ちになって、少し気分的にリリースできる。ですから、一ノ瀬さんの長距離走のトレーニング自体もそれこそ毎日平均的に5kmとか走らなくてもいいんです。お休みを入れながら走らない日を作ってもいい。その中で10kmを通しで走れたら、ハーフマラソンは絶対に走れます。
一ノ瀬(フィニッシュシーンが)見えた……。
早野RD見えてきましたか(笑)。少しずつ距離を延ばして、なんとなく楽しさが出て、頑張っている自分が好きだというナルシシズムでもいい。また、一ノ瀬さんは音楽を聴きながら走っているとおっしゃっていましたから、何kmではこの曲にする、何曜日にはこのバージョンを聴くとか音楽を編集する楽しさもありますよね。あるいはランニング友だちと色々と意見交換するのも楽しい。そうした中で、腿上げしろとか腕振りしろとかそんなトレーニングよりも、さっきの『Fusion Running』のAnythingをたくさん見つけてほしいなと思います。それくらいで十分です。まず目標は10kmです。
一ノ瀬何かいける気がしてきました(笑)。
